殺人事件などの凶悪犯罪のニュースが流れるたびに、昔に比べて最近は治安がどんどん悪くなっている、などという声が聞こえてきます。さらに凶悪犯罪を起こす犯人の低年齢化が問題視されることもあります。
昔より今のほうが凶悪犯罪が多く、しかも犯人が若者であることが増えている、という印象を持つ人が多いということでしょう。
そのため、人々の安全に対する意識は格段に高まり、過剰な防犯対策で不便を強いられたり、他人への不信を前提としたギスギスした空気を感じたりすることさえあります。
一方でネットを中心に、これらの見方に意義を唱えたり、違和感を覚える人もいます。凶悪犯罪の中心的な犯人像とされがちな若い人たちからの反発もたくさんあります。
実際のところ、今と昔で凶悪犯罪の状況はどう変わってきているのでしょうか。ここでは殺人事件の過去と現在の検挙率を検証し、どの世代がもっとも凶悪なのかを明らかにしたいと思います。
データは、1960年から2015年までの警察庁の公開資料(殺人事件の年齢別の検挙人数)にもとづいています。
なお、高齢化などによる特定の年齢層人口の偏りが影響しないよう、各年齢層あたり10万人として計算しています。
参照
- 犯罪白書(法務省)
- 国勢調査(総務省統計局)
もくじ
殺人事件そのものが減っている
世代による違いの前に、そもそも殺人自体は増えているのでしょうか。
殺人検挙人数の推移
1960年から2015年までの殺人検挙人数の推移を見てみましょう。
人 | |||||||
3,000 | |||||||
1,500 | |||||||
0 | 1960年 | 1965年 | 1978年 | 2000年 | 2005年 | 2010年 | 2015年 |
1960年は2,844件、2015年は864件で、一貫して殺人件数は減っています。
一方で、この間の人口は3千万人以上増えています。
人口10万人あたりの殺人検挙人数の推移
以下、人口10万人あたりの殺人件数の推移を表示します。
人 | |||||||
4 | |||||||
2 | |||||||
0 | 1960年 | 1965年 | 1978年 | 2000年 | 2005年 | 2010年 | 2015年 |
1960年の10万人あたりの殺人件数は3.04人でしたが、2015年には0.68人となっています。つまり、人口に占める殺人事件の発生率は4分の1以下に激減していることになります。
過去50年程度のスパンで見た場合、殺人事件そのものは増えるどころか劇的に減っているのですね。
若者による殺人事件も減っている
では、年ごとに各年齢層の犯罪率はどうなっているのでしょうか。その年の総人口の違いも考慮し、各年齢層10万人のうち殺人を犯した人数を表示しています。
2015年の世代別殺人検挙率
まずは直近、2015年のデータです。
人 | |||||||
2 | |||||||
1 | |||||||
0 | 14-19歳 | 20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
30代が一番多くて1.21人となっています。次に40代の0.97人、ほぼ同率で20代の0.96人と続きます。50代以降と30代では2倍程度の違いがあります。
若者の犯罪といって想像するのは10~20代だと思いますが、この結果を見る限り飛び抜けて多いとはいえないようですね。
1960年の世代別殺人検挙率
では、昔はどうだったのでしょうか。1960年のデータを見てみましょう。
人 | |||||||
10 | |||||||
5 | |||||||
0 | 14-19歳 | 20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
一転してこちらは一目瞭然、20代が圧倒的です。
なんと10万人のうち9.07人が殺人を犯しています。次点の30代とは2倍以上の差をつけています。
最近(2015年)の20代と比べると10倍近くも多いのですね。
このときの20代は1930~1940年生まれ。いわゆる団塊の世代より少し前の世代(戦前生まれ)ですね。
第二次大戦直後すぐの第一次ベビーブーム時に生まれた世代のことで、他の世代に比べ突出して人口が多くなっています。
厳密には1947年(昭和22年)~1949年(昭和24年)の3年間ですが、その前後数年間もまとめて呼称することが多いです。
ここではだいたい戦後の1945年~1955年くらいに生まれた世代を団塊の世代とします。
以下、年を追って殺人検挙人数の比較をしていきます。
1965年の世代別殺人検挙率
人 | |||||||
8 | |||||||
4 | |||||||
0 | 14-19歳 | 20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
1965年です。この年もトップが20代で10万人あたり6.39人が殺人事件を起こしています。次がガクンと減って30代の3.43人です。この年、団塊の世代は10代後半から20代前半くらい。団塊の世代を含む戦中・戦後世代を中心として殺人件数が多くなっているようですね。
1978年の世代別殺人検挙率
人 | |||||||
4 | |||||||
2 | |||||||
0 | 14-19歳 | 20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
1978年です。このときのトップの30代は団塊の世代。10万人中3.4人が殺人を犯しています。次が20代で3.3人。
1960年とくらべると件数自体は3分の2くらいまで減っています。
あとこの年は10代がかなり優秀ですね。30代の20分の1以下です。
2000年の世代別殺人検挙率
人 | |||||||
2 | |||||||
1 | |||||||
0 | 14-19歳 | 20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
ちょっと飛んで2000年です。グラフの形が明らかに変わってきました。というより、昔の20代30代のピークがそのまま50代へスライドしたように見えます。
50代がトップで1.48人。このとき団塊の世代はまさに50代! 続いて40代、30代、20代、10代となります。50代をピークとして割と綺麗な山を形成していますね。
全体の件数は1960年の4分の1程度とだいぶ減りました。
2005年の世代別殺人検挙率
人 | |||||||
2 | |||||||
1 | |||||||
0 | 14-19歳 | 20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
2005年。10代と70歳以上が比較的少なめで、あとはどんぐりの背比べみたいなもんですね。
ちなみにこのとき団塊の世代は50代後半から60代前半くらいです。これまでは1965年以降、60代の殺人検挙人数は1を切っていたのですが、ここへきてまた1を超えてしまいました。
2010年の世代別殺人検挙率
人 | |||||||
2 | |||||||
1 | |||||||
0 | 14-19歳 | 20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
2010年です。さらに平準化されています。20代から60代までほとんど殺人検挙率が変わりません。
このときの団塊の世代は60代です。2000年くらいまでは60代ともなるとトップの世代と比べて顕著に件数が減っていたのですが、団塊の世代の場合はそれほど大きく減っていませんね。
殺人検挙率の世代別比率の推移
世代による殺人検挙率の比率の推移を表しました。
ちょっと分かりづらいですが、高齢化などによる特定の年齢層人口の偏りが出ないように、殺人検挙「人数」の比率ではなく、殺人検挙「率」の比率として記載しています。
% | |||||||
100 | |||||||
50 | |||||||
0 | 1960年 | 1965年 | 1978年 | 2000年 | 2005年 | 2010年 | 2015年 |
1960年台は明らかに若年層の殺人が多くなっています。10代20代だけで50%を超えています。
1978年になると30代、40代が大きく増えています。この年は10代がほぼいません。
2000年台に50代60代がともに大きく比率を拡大し、20代は逆に縮小しています。
2010年には20代から60代までほぼ同じ比率になります。なお、高齢化の影響で2010年は60代の人口が20代より約1.3倍多いです。つまり同じ比率ということは60代の殺人検挙「人数」は20代より約1.3倍多くなるということです。
やはり特定の年齢層というよりも、特定の世代による違いが大きいようですね。
世代別の殺人検挙人数の比較まとめ
検証の結果、殺人件数自体が減っていることと、昔のほうが若者による殺人が多かったということが分かりました。
今どきの若者よりも昔の若者(今のお年寄り)世代のほうがよほど凶悪犯罪が多かったということですね。
特に団塊の世代以前はどの年においても殺人検挙率が高いと言えます。
人は過去を美化し、現状や未来を悲観的に捉えがちです。ニュースの断片的な情報で間違った印象を抱かないように気をつけたいですね。